ケーススタディ


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電気ショック療法について

索引




 ここで、私の失敗例を含めて、三吉クリニックに来られた皆さんの症例をとりあげていきたい。
 本人が特定されないようプライバシー関係については大幅な修正が加えられている。
 しかし、事例の本質に関しては、どなたにも共通するものがあるので、参考になると思う。
 なお、本人や家族、友人がみて、これは違うというのであれば、いつでも修正に応じるので連絡してほしい。
(連絡先メール:tabibito@mental.hustle.ne.jp

 第1例に、強制入院とその中で強行された電気ショックによって、人生に多大のダメージを受けたある女性の症例である。
 未だに母親との衝突が続き、困難な生活を続けている(と私は考えるのであるが)女性の話である。

平成XX年3月XX日
母親より電話相談あり
 都内○病院入院中の娘のこと。読売新聞をみて三吉クリニックのことを知った。
 電気ショック療法を受けている。電気ショック療法を10回受けて1週間休みを2回繰り返し、電気ショック療法を計20回受けた。
無効であった。

 医師からは、更に10回やったらどうかといわれて、心配になり、電話をかけたとのこと。
 母にすぐ受診してもらい、事情を聞いた。
 30才の娘のこと。
 幼児期より知的に非常に優秀で、手のかからない優等生。
 国内有数の私立大学を卒業して、国立大学大学院人間科学専攻。
 アメリカ合衆国の大学院にも留学している。
 娘の様子をおかしく思ったのは、外資系企業に就職して米大学院留学中に、 日本人の彼氏と同棲して破綻し、
 別れて日本に帰ってから。
 今まで、2回、精神科病院に入院しており、今回の入院は3回目。
 民間移送に60万円払って強制入院させた。
 入院形態は母親の同意による医療保護入院。

<とりあえず外泊させて、診察しましょう>
 翌4月1日(外泊時)診察する。
 目鼻立ちくっきりした色白の女性。左下腿部に内出血の跡あり。
 青黒く変色している。
 ボーッとして応答要領得ない。
 名前は言えるが、自分がどんな専門資格をもっているか全く覚えてない。
 入院前半年位までの記憶喪失の状態。
 母とのトラブル憶えていない。
 強制入院のいきさつも記憶がない。
 幻聴、幻覚はなく、気分障害もない。
私の診断は「電気ショックによる逆行性健忘状態、半年にさかのぼっての逆行性健忘」。
すぐ、通院を勧め、母に退院手続きをとってもらい、無事退院される。

(その後の経過)
 徐々に記憶がもどり、自分が何者で、どういう勉強をし、どういう資格を得ているかは、わかってきた。
しかし、入院直前~入院中の記憶は最後まで戻らなかった。
入院直前にどういうトラブルがあったかも全く覚えていない。
苦痛も不安もない。
ただ、以前の記憶が戻って自信をつけ、2回就職を試みる。
1回目は医療系。だが、解雇される。
 本人は経営者がわるいといっていたが、母によると仕事がさっぱりできなかったとのこと。
2回目は外資系。
 ここも同じような理由で解雇される。
ただしこれらは母親の言い分で、本人は否定していて、事実は確認できていない。

 以前のような頭脳労働ができなくなっていると私は考えたが、本人は無自覚。本人は上司が悪いと言っている。
 私は今は反省している。
 なぜ、電気ショック療法による後遺症について本人と率直に話し合わなかったのかと。
 私は電気ショック療法による障害は、
(1)パソコンに例えると、最近入力したデータの消去(最近蓄積した知的財産の消去)だけではないと思う。私は彼女にそれしか話していなかった。人間はパソコンとは違う。
(2)電気ショック療法は残った知的財産を元に、再蓄積し伸ばしていく意欲と努力をなくす。(学習性無力感)
(3)脳機能全般に関することだが、創意工夫するという機能を低下させる。
(4)一番重要なことだが、心を弱らせ、発達過程を過去に逆行させ、心を退行させる。
以上の(1)~(4)の理由で、私は電気ショック療法に反対である。
 結果として恨みを中心とした本能的情念のみに流されやすい脳機能低下した人間に一時的にか、半永久的にさせられたのではないか。
 被害女性と母親の協力を得てこのあたりの精査は必要で可能であったがしていなかった。
 私とケースワーカー含めて、全くの怠慢であったと考える。
 ここが立証されていると、今後の電気ショック療法の危険性に対して、決定的な発言の根拠ができたと考えているが、その機会を失ってしまった。
 いたずらに母親と本人を苦しめてしまった。
 私はロボトミー裁判の名古屋十全病院のロボトミー被害者M氏の主治医であった。
 当時の仲間とともに日本精神神経学会でロボトミー禁止を勝ち取った。
 私はロボトミー患者のM氏と付き合って、電気ショック療法を連続して受けた人は過去が断絶されあっけらかんとして本能的衝動に左右されやすい点は、共通点として感じている。
 ただし、電気ショック療法を受けた人はロボトミーを受けた人とは違っており、それがどういうことなのか立証的な点検が必須と考えるに至った。
(その後の経過)
経済的援助を頻繁に母に求めることがあり、本人の様々な行いで母と以前のような険悪な関係に入る。
その上、私のクリニックにも来なくなる。
本人はこういった行動を繰り返し、母を困らせる行動を続けていると、繰り返し母から相談がある。
本人にはグループホームに入所して母と距離をとることを勧めようとするも、相談に来なくなる。
母から本人に勧めさせたのが、こちらのミスであり、怠慢であった。
本人をその気にさせる努力を、手紙などで、直接伝達する手間をかけなかった。
 1回目は、母親が警察に入院を勧められ、圧力に屈して、強制入院させた。
母親と面接し、退院させるように説得。母親が説得に応じて退院となる。
 2回目は、フランスのパリに行ってホテルで問題を起こし、行政司法当局が精神科病院に強制入院させた。

 <日本につれて帰るより、その国の精神医療のレベル高いので治療続けるとよい。>
パリ在住の在留邦人を世話している、ある日本人精神科医に事実を説明し、母からの相談に対し、そうアドバイスした。
 私の予測通り、すっかり回復して元気に帰ってきたと母より連絡あり。
 但しその後3回目の入院となる。病院のケースワーカーより連絡きたため、Faxで経緯送る。
その後、母、本人とも連絡がない。

  電気ショック療法は脳に電流を流し、人工的にてんかん大発作を起こさせるもので、この女性のように逆行性健忘が残る。
頭脳労働の人にはこの例のように、ある期間破壊的なダメージとなるが、本人は無自覚のままである。
長期的には回復可能であるというデータは在る。
ただし、1回、2回なら脳は壊れないというデータはあるが、この女性のように、1クール10回電気ショック療法を受けて1週間休み、さらに、1クール10回電気ショック療法を受けて、計20回受けるとどうなるであろう。
私は、パソコンに例えると、単なる記憶物質の消去だけでなく、パソコンそのものもダメージが起きるのではないかと考えている。
根拠はてんかん重積状態(大発作が連続して起きる状態)となって発作が連続して起きた場合、非常な危険な状態で、生命の危険のみならず、たとえ生命が助かってもその後脳に器質的な変化が起きるというデータがあるからである。この女性の場合のように、20回連続して電気ショック療法を行なって、20回大発作が起きると、脳が破壊されないというデータは果たしてあるのか。電気ショック療法者は示すべきである。
失われた記憶は戻らず、もう一回再蓄積するしかないが、電気ショック療法の回数が少ないと、脳細胞そのものは回復するというデータである。
現在の電気ショック療法は、全身麻酔をかけて、全身のケイレン発作は防げるが、脳にてんかん大発作をおこすのは変わりない。
何より問題なのは、逆行性健忘により、どうして自分が入院に至ったかの記憶がなくなるため、病気の再発予防が本人や家族の工夫によって防ぐことができなくなることである。
再発し易くなる。
このため、予防的に電気ショック療法を行うことが勧められている。
これは、全くの滅茶苦茶である。

 電気ショック療法を受けると、自分が置かれた困難な状況を認識できなくなり、イライラしたりクヨクヨしなくなるかわりに、今までの苦しみと不安に満ちた人生との連絡が断ち切られてしまう。
これも、長期的には回復可能と電気ショック療法者は言ってきた。ただしそれは1回2回の少ない電気ショック療法の場合ではないか。20回、30回も電気ショック療法を受けると、脳細胞は破壊されないというデータを私は見たことがない。長期的に回復できるというデータも見たことがない。
注意すべきは、他院で電気ショック療法を受けた患者がイライラ/クヨクヨが消えて、周囲の人間がその人の苦しみに気づかぬままその電気ショック療法を受けた患者が自殺した例がある。
ツラい事、イヤな事があると、クヨクヨして悔み苦しむのは正常な反応であり、そういう中で成長することも可能なのだが、そういう可能性を奪うと、私は考えている。

 この女性の例のように、精神科病院強制入院に電気ショック療法が重なると、長年の努力で蓄積した知的財産が失わると共に本人の自覚が失われ、母とのいきさつの記憶が失われ、本人が自覚しない恨みの情念が主動因となって、それに高知能が加わって、本人が捜査機関が動かざるを得ないような状況を意図的に作り出し、そのことで母が動かなければならない状況を意図的に作り出すようなことを行い、捜査機関が母親を強く説得して強制入院、と、悪循環に陥ってしまう。

 私は、意図的にこの患者が捜査機関が動かざるを得ないような状況を作り出し、そのことで母親を「攻撃」しているように見えるのは、この患者が強制入院させられ、電気ショック療法を受けさせられたのは母親のせいだと恨みの情念を持って無意識的に本人が判断していると私は考えていて、そのことが背景としてあるのではないかと考えている。

 精神科病院と電気ショック療法が作りだした人災だと思う。

 では、L Andre (2005) Quality of life and ECT. British Journal of Psychiatry, 186, 264-265の三吉譲による抄訳を紹介します。

生活の質と電気ショック
 電気ショック療法の論文を発表する著者達はService User Research Enterprise (SURE) group (Rose, D., Fleischman, P., Wykes, T., et al (2003) Patient's perspectives on electroconvulsive therapy: sysytematic review. BMJ, 326, 1363.)を知っていなければならない。そこでは、患者達が電気ショック療法後の高度に特異的なパタンを示す、恒久的な記憶と認知の障害が示されている。これは、電気ショック療法の効果についての精力的で組織的な電気ショック効果の論文で、生活の質と機能評価を含んでいる。この論文では、少なくとも電気ショック療法を受けた3分の1の人が、有害でしばしば破壊的な影響が6ヶ月以上続き、それは恒久的に見える。仕事を続ける能力を喪失し、全生涯の20年以上にわたる記憶を喪失する、損なわれた記憶機能と集中力低下のため、学業が不可能となる。彼らは、2度と治療に来なくなる。電気ショック療法推進派のMcCall, W.V.,Dumn, A. & Rosenquist, P. B. (2004) Quality of life and function after electroconvulsive therapy. British Journal of Psychiatry, 185, 405-409.は、全く正反対の結果を出したのか。なぜなら、彼はこういったことを聞こうとせず、ただトイレ後におしりを拭いたかとか、ベッドから出て食事をして着替えて入浴したり、電話したりすれば、高機能な生活ができていると評価するからである。電気ショック療法がトイレ時の始末できる能力を障害しないという論文を出したのはMcCall以前にも以後にもいない。最後に、電気ショック療法を受けてから4週間後の評価はあまりに早すぎる。なぜなら、電気ショック療法を受けた人達は変えられた記憶と能力の評価が自らできるようになるのは4週間では不可能で、それができるようになって始めて学校や職場に戻っていけるからである。

 私が報告した三吉クリニックのこの女性の被害は、欧米でも報告されているのである。













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