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2審判決

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平成24年11月22日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成23年(ネ)第3 8 9 6号 損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成22年(ワ)第1 3 8 6 7号)
口頭弁論終結日 平成24年9月6日
判決
    東京都台東区
       控訴人 U
       同訴訟代理人弁護士 三木恵美子
       同             太田伊早子
    東京都足立区
       被控訴人 医療法人社団S
       同代表者 理事長 K3
    同 所          :
       被控訴人 K3
       被控訴人 K1
       上記3名訴訟代理人弁護士 浅水尚伸
                          中村信行
                          岩崎絢子

主文
原判決を次のとおり変更する。

(1)被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して80万円及びこれに対する平成22年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)控訴人のその余の請求を棄却する。

2 控訴人のその余の控訴を棄却する。

3 訴訟費用は、第1、2審を通じ、これを10分し、その9を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

4 この判決は、第1項(1)に限り、仮に執行することができる。
             事実及び理由
第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して1000万円及びこれに対する平成22年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

1 本件は、控訴人が、被控訴人医療法人社団S(以下「被控訴人法人」という。)が開設する病院(以下「被控訴人病院」という。)において、同病院の担当医であった被控訴人K1(以下「被控訴人K1」という。)が適切かつ十分な診察を行わずに医療保護入院を決定して、控訴人を拘束、隔離、監禁した上、 ECT療法(無けいれん性通電療法)や薬物療法を施すなどといった人権侵害行為を行ったなどと主張して、同被控訴人及び被控訴人法人の理事長者で後記の管理者である被控訴人K3(以下「被控訴人K3」という。)に対し、不法行為(民法709条)に基づき、被控訴人法人に対し、その使用者責任(民法7 1 5条)に基づき、損害賠償金1000万円及びこれに対する不法行為の後の日(訴状送達の翌日)である平成22年5月20日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める事案である。

2 控訴人は、原審において、母のU2(以下「U2」という。)が控訴人に対して長年にわたって異常行動を繰り返し、父のU3(以下「U3」という。)もこれに加担したと主張して、被控訴人らのほか、U2及びU3を被告として損害賠償を求めていたが、原審は、控訴人の請求はいずれも理由がないとして棄却した。これに対し、控訴人は、U2及びU3に対する請求を除き、被控訴人らに対する請求について控訴した。したがって、当審における審理の対象は、控訴人の被控訴人らに対する不法行為等に基づく損害賠償請求権の有無である。

3 本件における前提事実(証拠を掲記しない事実は、当事者間に争いがない。)は、原判決について以下のとおり補正するほかは、その「事実及び理由」欄の第2の1に記載のとおりであるから、これを引用する。
 (1)原判決2頁24行目から25行目にかけての「理事長を務める精神科医であり、」の次に「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「法」という。)上の精神科病院の管理者であり、」を加え、同行目の「被告病院の精神科医である。」を「被控訴人病院の精神科医であり、法上の精神保健指定医(以下「指定医」という。)である。」に改める。
 (2)原判決3頁2行目の「医療保護入院となった」の次に、「。被控訴人K3は、同月18日、東京都知事に対し、医療保護入院者(法33条2項)、の入院届。を提出した。また、U2は、東京家庭裁判所に対し、控訴人の保護者選任申立てを行い、同月26日、同裁判所は、控訴人の保護者としてU2を選任する旨の審判をした」を加え、同行目掲記の証拠に甲18、丙A3を加える。

4 本件における争点及び争点に関する当事者の主張は、原判決4頁1行目の「不法行為の有無」の次に「(医療保護入院及び医療保護入院中の診療行為の適法性の有無)」を加え、次のとおり当審における当事者の主張を加えるほかは、原判決「事実及び理由」欄の第2の2(2)、(3)に記載のとおりであるから、これを引用する。なお、控訴人の後記5(3)の主張は、選択的な請求原因事実の主張と解される。

5 当審における当事者の主張
 医療保護入院の要件の有無
 (控訴人の主張)

ア 控訴人は、精神障害者ではないにもかかわらず、被控訴人K1は、控訴人が統合失調症及び精神作用物質使用による精神障害者であると診断した。

イ 法22条の3の規定による入院の同意が得られる見込みの者については、できるだけ任意入院をさせるよう務めることが求められているにもかかわらず、被控訴人K1は、任意入院を控訴人が選択できるような説明、説得をしなかった。

ウ U2は、控訴人の医療保護入院に必要な同意をしているが、控訴人ともっとも対立関係にある母U2は、同意をする資格を有しない。

エ 以上のとおり、控訴人においては、医療保護入院の要件が欠如している。
  (被控訴人らの主張)

ア 被控訴人K1は、診察時における控訴人との会話、控訴人の表情などから、控訴人を「滅裂」、「興奮」と診断し、さらに、控訴人が「母親が俺の人生を滅茶苦茶にした」。「俺は自作自演されている」「両親が・・俺をいたぶる」などと叫んだため、控訴人を「被害妄想状態」と診断した。

イ 控訴人は、医療保護入院時、言動が止まらず興奮状態であったため、控訴人の言い分等を聞こうにも聞けない状態であった。被控訴人K1は、入院の必要性について説明しようとしたが、控訴人は聞こうとしなかった。

ウ 医療保護入院については、扶養義務者である母U2の同意を得ており、なんら問題はない。

エ したがって、控訴人において、医療保護入院の要件を満たしている。

(2)被控訴人K3の不法行為の有無
  (控訴人の主張)
  被控訴人K3は、精神科病院の管理者として、医療保護入院が適法に行われているかを管理監督し、是正指示するべき立場にあるにもかかわらず、被控訴人K1が控訴人を医療保護入院させたことにつき、放置容認したうえ、必要のない治療が行われることのないよう管理監督することも怠った。

(被控訴人らの主張)

 被控訴人K1による医療保護入院の必要性の判断及び入院中の治療行為に何ら違法性はなく、したがって、控訴人K3に管理監督義務違反はない。
  (3)被控訴人法人の不法行為の有無
    (控訴人の主張)

ア 被控訴人K1及び被控訴人K3には、不法行為が成立し、被控訴人法人は、その使用者であるから、これにつき使用者責任(民法715条)がある。

イ 被控訴人法人は、医療保護入院の要件の有無を慎重に判断せず、医療保護入院をさせたいという「ニーズ」があれば、直ぐに医療保護入院を認める方針を法人として採用していた。被控訴人法人のとの方針が、本件の違法な身柄拘束及び傷害行為を生み出したものであり、被控訴人法人は、本件について民法709条の不法行為責任がある。
(被控訴人らの主張)

ア 被控訴人K1及び被控訴人K3に不法行為が成立しないから、使用者責任も生じない。

イ 否認する。

第3 当裁判所の判断

1 本件における判断の前提となる「被控訴人病院の診察を受けるまでの経緯」及び「被控訴人病院における診察経過等」は、以下のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の第3の1(1)、(2)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)原判決9頁9行目の「服用が原因と考えた」を、「服用が原因と考え、精神作用物質使用による精神障害の診断を行うとともに慢性的なアルコール、鎮痛剤、鎮静剤の過剰摂取のみでは、被害妄想が出現することは少なく、会話中に急に大声になったり、会話がまとまらなかったり、診察室から飛び出そうとする衝動性などから、統合失調症の疑いがあるとの診断もした」と改める。

(2)原判決9頁25行目から10頁1行目までを、以下のとおり改める。

  「(ア)被控訴人K1は、入院日の翌目である平成21年2月14日、控訴人を隔離し、四肢、胴及び肩め拘束を継続した。拘束状態における控訴人の排尿は、カテーテル使用してバルーンを残置して導尿する方法がとられた。控訴人からは時々大声での水分要求があったが、興奮することなく落ち着いて会話ができるようになり、控訴人が「絶対に暴れません」と約束したため、肩の拘束が解除され、上肢の拘束が緩められた。夜、控訴人は、睡眠導入剤の「トラール」を薬剤名を指定して要求したが、看護師が他の薬を持って行くと「これじゃ効かない」と不満を述べ、「(拘束を)を外して」「拘束のせいで腰が痛い」「痛みのせいで興奮しそう」と拘束解除を訴えた。

(イ)同月15日、隔離、拘束状態が継続する。控訴人は、口調は穏やかになるが、母親の話になると不満を述べた。控訴人から腰痛の訴えがあったため、下肢の拘束が緩められた。

(ウ)同月16日、隔離、緩めの拘束状態が継続する。2度目のETC療法が行われる。控訴人に不穏な様子がないため上肢と体幹(胴)のみの拘束となった。

(エ)同月17日、隔離、四肢及び体幹(胴)の緩めの拘束状態が継続する。控訴人は、看護師に「まずまずですよ。納得はしきれていないですがね。」と口調は穏やかだが、入院の不満を述べた。

(オ)同月18日、隔離、前日同様の緩めの拘束状態が継続する。控訴人は「今日、先生と話して帰れたりする?」と退院の希望を口にした。3度目のE CT療法が行われる。控訴人は、担当医に対し、退院したい旨を話すが、「まだ早い」と告げられる。

(カ)同月1 9 日、隔離、前日同様の緩めの拘束状態が継続する。控訴人は、「心配なことがあって、記憶が飛んでしまっているんです」との不安を述べ、看護師は・、 ECT療法により一時的にそういう状況がある旨説明した。被控訴人病院の医師は、控訴人に対し、 ECT療法は、ワンクール(合計6回がワンクール)が目安であり、その経過を観て治療方針を説明する旨伝える。テレビ視聴ができるようになり、控訴人は、テレビを観て穏やかに過ごす。

(キ)同月20日、隔離、前日同様の緩めの拘束状態が継続する。控訴人は、特別な変化はなく、看護師に対し「帰れそうですか」と尋ねた。4回目のECT療法が行われる。控訴人は、担当医に「私ってどうですか、状態良くなってますか」と聞いた。

(ク)同月21日、隔離、前日同様の緩めの拘束状態が継続する。控訴人は、熟睡できない旨を訴えるものの、終始穏やかに過ごす。

(ケ)同月22日、隔離、前日同様の緩めの拘束状態が継続する。控訴人は、退院の時期がいつか気にしている様子をうかがわせたが、特別の変化はなく、穏やかに過ごす。

(コ)同月23日、隔離、前日同様の拘束状態が継続するが、午前11時、控訴人のすべての拘束が解除される。5回目のECT療法が行われる

(サ)同月24日、隔離が継続する。控訴人は、「自分は鼻が悪いんですよ、それで頭痛とかしていく、早く大部屋へ出たいです」と看護師に話し、テレビを視聴したりして、静かにすごす。

(シ)同月25日、控訴人は、表情、口調とも穏やかで、医療保護入院時のことを自ら話し、看護師に対し、謝りの言葉を述べている。 6回目のECT療法が行われる。 ECT療法終了後、隔離が解除される。」

2 控訴人らの不法行為の有無について

(1)医療保護入院の違法性について

ア 控訴人は、控訴人が被控訴人病院に救急搬送された際、被控訴人K1が、控訴人を精神障害者であると誤った診断をした旨主張する。
 前記認定事実(補正後の原判決引用部分)及び後記証拠によれば、被控訴人K1は、医療保護入院時における診察により、控訴人との会話、控訴人の表情などから、控訴人を「滅裂」、「興奮」と診断し、控訴人が「母親がおれの人生を滅茶苦茶にした。」、「おれは自作自演されている。」、「両親が・・・親父とお袋が・・・おれをいたぶる。」などと叫んだため、控訴人を被害妄想状態と診断したことが認められる。さらに、控訴人の搬送の際に付き添ってきたU2から、控訴人が普段からアルコール、鎮痛剤、鎮静剤を過量に服用していると聞き、控訴人が飲用している薬について尋ねたところ、ボルタレンと回答したことなどから、滅裂、興奮、被害妄想状態の原因は、慢性的な過量の飲酒、過量の鎮痛剤、鎮静剤の服用が原因で、控訴人には、薬物申毒による精神障害の疑いがあり、また、控訴人の言動等から統合失調症の疑いがあると判断し、入院してECT療法を行う必要があるとして、控訴人を医療保護入院させることに決めたことなどが認められる(乙A5、被控訴人K1本人(原審))。
 以上によれば、被控訴人K1が、控訴人を診断しか結果、入院を必要とする精神障害者であると判断したことに問題はなく、控訴人を医療保護入院させた判断は妥当なものであり、これを違法な行為であるということはできない。
 これに対し、控訴人は、控訴人が統合失調症であるという根拠はない旨が記載された「Tクリニック」のT医師作成に係る平成22年10月8日付け診断書(甲15)、控訴人には自閉症スペクトラム障害の特徴が部分的に散見されるが、診断閾値を超える可能性は低い旨が記載された東京大学医学部附属病院精神神経科山末英典医師作成に係る平成23年8月5日付けの「御報告書」と題する書面(甲58)、医療保護入院時においても控訴人には精神障害がない旨の診断が記載された「三吉クリニック」の三吉譲医師作成に係る「鑑定的意見書」と題する書面(甲60)、医療保護入院の3か月前に控訴人を診断した精神科医が、控訴人には現実検討能力が障害されている印象はなく、明らかな妄想を認めないと診断した江北保健総合センターの「保健相談記録」(甲8)及び同様の内容が記載された当時同センター長であったK4医師の陳述書(甲63)を提出し、被控訴人K1が、控訴人を統合失調症及び精神作用物質使用による精神障害であると診断したのは誤りであるとする。しかし、本件において検討されなければならないのは、医療保護入院時において、指定医である被控訴人K1が、医療保護入院の措置をとったことの違法性の有無であり、またこれにつき過失があったか否かである。そして前記認定事実(補正後の原判決引用部分)によれば、上記の認定事実に加え、控訴人は、U2からの救急車の出動要請を受けた救急隊員により、緊急を要する患者として、被控訴人病院に搬送され、被控訴人病院到着後、「滅裂」、「興奮」の症状が顕著となり、指定医として、早急に医療措置を決定しなければならない状況であったことが認められるのであり、被控訴人K1が、救急外来した控訴人を、U2からの情報、入院当日の診察時における控訴人の言動等から、精神作用物質使用による精神障害、統合失調症の疑いがあると診断し、入院加療が必要であるとして医療保護入院の措置をとるべきであると判断したことは、妥当であったと認めることができ、その対応が違法な行為であったと認めることはできないというべきである。本件における控訴人の主張立証を検討しても、以上の判断は変わらない。
 したがって、控訴人の主張は採用できない。
イ 控訴人は、被控訴人K1が、控訴人に対し、任意入院の説明、説得をしなかった旨主張する。

  法は、法22条の3の任意入院が行われる状態にないと判定されたものについて、医療保護入院をさせることができる旨規定しており、「法22条の3の規定による入院が行われる状態にない」(法33条1項1号)とは、入院の必要性について本人が適切な判断をすることができない状態をいうと解されるところ、控訴人は、前記認定(補正後の原判決引用部分)のとおり、「滅裂」、「興奮」の状態であり、入院の必要性について適切な判断をすることができない状態であったということができるから、控訴人の医療保護入院当時においては、控訴人に対し、任意入院の説明、説得を試みる状況にはなかったと言わざるを得ない。
  したがって、控訴人の主張は採用できない。
ウ 控訴人は、控訴人と対立関係にあるU2は、医療保護入院の同意をする資格を有しない旨主張する。
  医療保護入院は、一般の疾病における場合と同様に私法上の診療契約を締結する行為であるが、患者本人において、入院契約を締結する適切な判断をすることができない場合に、法3 3条1項は、保護者の同意を必要とすることとし、保護者の同意がなければ、入院契約に基づいて患者を病院に入院させることはできない旨規定している。そして、同条2項は、患者につき、緊急に入院の必要があるにもかかわらず、保護者の選任がされていない場合は、扶養義務者の同意により、本人の同意がなくても、保護者の選任がなされるまでの間、4週間に限り、入院させることができる旨規定している。
 控訴人の母親であるU2は、控訴人の扶養義務者であることは明らかであり、法33条2項の同意をする資格を有する者である。また、前記認定のとおり、U2は、その後速やかに東京家庭裁判所に対し、控訴人の保護者選任申立てを行い、同裁判所により、控訴人の保護者に選任された者であるから、医療保護入院につき、同意権限を有する者であったといえることが明らかである。
 なお、入院の同意をする扶養義務者あるいは保護者が控訴人と対立関係にあるか否かについては、その対立、利害関係が外形上明白である場合はともかくとして、本件における場合のような通常の場合においては、これを精神科病院側において判断すべきとすることは、法律上も事実上も求められていないと解される。
 したがって、控訴人の主張は採用できない。
エ 控訴人は、控訴人の入院に際し、被控訴人病院の看護師が控訴人に対して違法、不当な有形力の行使をした旨主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
 被控訴人K1が、控訴人に問診をし、その結果精神科への入院の必要性を説明したかのごとく診療録に事実と異なる虚偽記載をしたと主張するが、被控訴人K1が適切かつ十分な診断を行わずに医療保護入院を決定したとは認められないことは前記認定(補正後の原判決引用部分)のとおりである。また、被控訴人K1が、控訴人に対し、入院の必要性を説明しようとしても、病識に乏しく理解が得られなかったので、付き添っていた扶養義務者であるU2に対し、入院の必要性の説明をし、同意を得、控訴人に対しては、医療保護入院の形態について口頭、文書で告知したこと(丙A2の60頁、弁論の全趣旨)、診療録にはその旨の記載がされていることが認められるから(丙A2の14頁)、診療録に事実と異なる虚偽の記載はなく、控訴人の主張を採用することはできない。
(2)入院中の診療行為の適法性
ア 控訴人は、被控訴人K1は控訴人を理由なく拘束した旨主張する。
(ア)法36条1項は「精神科病院の管理者は、入院中の者につき、その医療又は保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができる」と規定し、法37条1項は「厚生労働大臣は、前条に定めるもののほか、精神科病院に入院中の者の処遇について
必要な基準を定めることができる」と、同条2項は「前項の基準が定められたときは、精神科病院の管理者は、その基準を遵守しなければならない」とそれぞれ規定している。そして、厚生労働大臣は、法37条1項の規定に基づき、その基準を(以下「本件基準」という。)、以下のとおり定めている(平成でL8年12月22日厚生労働省告示第660号
による改正後の昭和6 3年4月8日厚生省告示第130号、甲6 6 号証26頁ないし28頁)。

「身体的拘束について
1 基本的な考え方

(1) 身体的拘束は、制限の程度が強く、また、二次的な身体的障害を生ぜしめる可能性もあるため、代替方法が見出されるまでの間のやむを得ない処置として行われる行動の制限であり、できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならないものとする。

(2) 身体的拘束は、当該患者の生命を保護すること及び重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いた行動の制限であり、制裁や懲罰あるいは見せしめのために行われるようなことは厳にあってはならないものとする。

(3) 身体的拘束を行う場合は、身体的拘束を行う目的に特別に配慮して作られた衣類又は綿入り帯等を使用するものとし、手錠等の刑具類や他の目的に使用される紐、縄その他の物は使用してはならないものとする。

2 対象となる患者に関する事項
 身体的拘束の対象となる患者は、主として次のような場合に該当すると認められる患者であり、身体的拘束以外によい代替方法がない場合において行われるものとする。
ア 自殺企図又は自傷行為が著しく切迫している場合
イ 多動又は不穏が顕著である場合
ウ ア又はイのほか精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある揚合
 3 遵守事項
 (1) 身体的拘束に当たっては、当該患者に対して身体的拘束を行う理由を知らせるよう努めるとともに、身体的拘束を行った旨及びその理由並びに身体的拘束を開始した日時及び解除した日時を診療録に記載するものとする。

(2) 身体的拘束を行っている間においては、原則として常時臨床的観察を行い、適切な医療及び保護を確保しなければならないものとする。

(3) 身体的拘束が漫然と行われることのないように、医師は頻回に診察を行うものとする。」

(イ) そこで、前記認定事実及び本件基準に基づき、控訴人を拘束したことについて、指定医であり、担当医である被控訴人K1に不法行為が成立するか否かについて検討する。
  前記認定事実(排正後の原判決引用部分)のとおり、平成21年2月13日の医療保護入院当日の控訴人の状況は、不穏、せん妄があり、その状況が顕著であったということができるので、本件基準に照らしても拘束の必要性を認めることができ、これをもって不法行為が成立するということはできない。
 しかしながら、同月14日から、拘束がすべて解除された同月23日までの控訴人の状態をみると、前記認定事実のとおり、控訴人は、拘束による体の痛み、不眠を訴え、拘束の解除や退院を求めることがあったり、母親への不満は述べるものの、おおむね穏やかにすごしていることがうかがわれ、会話も正常で、同月14日以降の診療録(丙A2の17頁ないし33頁)の精神状態のチェック欄「独語、幻聴幻覚、多動不穏、自傷他害」のいずれの項目もマイナス(-)と記載されていることが認められる。
 以上を前提に検討すると、入院当日の控訴人の状況等からは、その後の一定期間は控訴人の行動予測が困難であり、母親に対する被害感情も払拭されておらず、控訴人が不穏な状態になることも予想されたところであるから、被控訴人K1が、控訴人の拘束を解除することなく継続し経過を観察することは、担当医師の裁量の範囲に属する判断として許容されると解される。しかし、前記認定のとおり、ほぼ平穏な状況が安定して続いていたことが認められる本件の経過に照らし、また、身体的拘束が人に対する行動制限の程度が強いものであり、できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならないとした本件基準からの要請を考慮すると、被控訴人K1は、遅くとも控訴人のほぼ平穏で安定した状況が2日間にわたって継続した後である同月16日までには、控訴人の拘束を一旦解除して経過をみる等の処置を採るべきであったと解され、以上の状況を現に認識し、あるいは認識することができた(この事実は、弁論の全趣旨により認められる。)といえ、同被控訴人が、そのようにしなかったことは違法であり、またその注意義務違反について過失があったというべきである。
 前記認定事実のとおり、被控訴人K1らは、控訴人からの腰痛の訴えや、控訴人の状況をみて、その都度一部拘束を解除したり、緩めの拘束にするなどの配慮をしている様子はうかがえるが、控訴人は、拘束が継続している間、カテーテルによる排尿を強いられたり、自由な体勢をとって睡眠をとることができないなど苦痛を受け続けていたのであり、上記事情を考慮したとしても、被控訴人K1が控訴人の拘束を継続したことは違法であり、過失があったといわざるを得ない。
 なお、以上の認定判断については、これを覆すに足る事実ないし事情に関する反証はない。
イ 控訴人は、被控訴人K1が、控訴人を理由なく隔離、監禁した旨主張する。
(ア) 本件基準は、患者の隔離につき、以下のとおり規定している。
 「患者の隔離について
1 基本的な考え方
 (1)患者の隔離(以下「隔離」という。)は、患者の症状からみて、本人又は周囲の者に危険が及ぶ可能性が著しく高く、隔離以外の方法ではその危険を回避することが著しく困難であると判断される場合に、その危険を最小限に減らし、患者本人の医療又は保護を図ることを目的として行われるものとする。

(2) 隔離は、当該患者の症状からみて、その医療又は保護を図るうえでやむを得ずなされるものであって、制裁や懲罰あるいは見せしめのために行われるようなことは厳にあってはならないものとする。

(3) 1 2時間を超えない隔離については指定医の判断を要するものではないが、この揚合にあってもその要否の判断は医師によって行われなければならないものとする。

(4) なお、本人の意思により閉鎖的環境の部屋に入室させることもあり得るが、この場合には隔離には当たらないものとする。この揚合においては、本人の意思による入室である旨の書面を得なければならないものとする。

2 対象となる患者に関する事項
 隔離の対象となる患者は、主として次のような場合に該当すると認められる患者であり、隔離以外によい代替方法がない場合において行われるものとする。

ア 他の患者との人間関係を著しく損なうおそれがある等、その言動か患者の病状の経過や予後に著しく。悪く影響する場合

イ 自殺企図又は自傷行為が切迫している場合

ウ 他の患者に対する暴力行為や著しい迷惑行為、器物破損行為が認められ、他の方法ではこれを防ぎきれない場合

工 急性精神運動興奮等のため、不穏、多動、爆発性などが目立ち、一般の精神病室變は医療又は保護を図ることが著しく困難な場合

オ 身体的合併症を有する患者について、検査及び処置等のため、隔離が必要な場合

3 遵守事項

(1) 省略

(2) 隔離を行うに当たっては、当該患者に対して隔離を行う理由を知らせるよう努めるとともに、隔離を行った旨及びその理由並びに隔離を開始した日時及び解除した日時を診察録に記載するものとする。

(3) 隔離を行っている間においては、定期的な会話等による注意深い臨床的観察と適切な医療及び保護が確保されなければならないものとする。

(4)隔離を行っている間においては、洗面、入浴、掃除等患者及び部屋の衛生の確保に配慮するものとする。

(5)隔離が漫然と行われることがないように、医師は原則として少なくとも毎日一回診察を行うものとする。」

(イ) 隔離に関する本件基準は、自殺や自傷の危険性の回避、他害の回避、身体的問題の鑑別、治療、管理のほか、自傷他害に至らない程度の興奮や迷惑行為への対応を可能にしており、治療に際し、隔離の必要性について検討する場合には、前記の身体的拘束との適応の違いを意識することが治療の本質の面からも医療安全の面からも重要とされている。また、本件基準によれば刺激を遮断して静穏で保護的な環境を提供することによって症状を緩和することも隔離の目的とされている。刺激の少ない静穏な環境に患者を保護するごとは、患者の興奮を最小限に留める効果があり、結果として過乗な鎮静剤の投与が回避されるとされている(以上につき甲64)。
(ウ)そこで、前記認定事実及び本件基準に基づき、被控訴人K1が控訴人を隔離したことについて、不法行為が成立するか否かを検討する。
 前記認定事実(補正後の原判決引用部分)によれば、控訴人は、医療保護入院時、不穏、せん妄があり、また、被控訴人K1は、控訴人がU2やU3に対して暴力を振い、暴言を吐くなど暴力的傾向があるとの情報をU2から得ていたこともあり、他の患者に対する暴力行為等や自傷行為を防止する必要があり、控訴人を刺激の少ない静かな環境の中において、前記症状を緩和させ、 ECT療法及び薬物治療等の治療を実施して、その後の控訴人の変化をきめ細かく、かつ注意深く観察し保護することが必要であると判断したものと認められ、その判断は、本件基準に照らしても相当といえ、被控訴人K1が、控訴人を隔離した行為は、不法行為には当たらないというべきである。
 なお、控訴人は、医療保護入院後しばらくして以後は、入院時にあったような不穏な状態はなく、不眠、拘束による体の痛み、退院の希望等を訴える程度で、特別暴言を吐いたり、暴れたりする様子はなかったことは、前記認定のとおりであり、前記の身体拘束同様に、被控訴人K1においては、選択肢として隔離の解除を検討すべき状態であったともいえる。
 しかし、拘束が、身体的な強い苦痛を伴う行動の制限であるのに対して、隔離は、患者の症状緩和等をも目的とするものであることは前記のとおりである。そして、前記認定事実によれば、控訴人の隔離は、平成21年2月13日から同月25日まで継続し、同日がECT療法のワンクールの最終日であったもので、その間においては、 ECT療法施行後の注意深い観察が必要であったことがうかがえるほか、医療保護入院時の症状が緩和されているか否かなど症状の変化につき、注意深く診察する必要があったと解され、控訴人からの不眠その他の訴えに対しても、きめ細やかな対処が必要とされた期間であったということができる。
 実際にも、被控訴人病院の医師及び看護師らにより、1時間ごとの観察がされ、また、本件基準に従い、看護師や医師らによる定期的な会話等による注意深い臨床的観察がされていることが認められる(丙A2の16頁ないし35頁)。
 以上によれば、被控訴人K1が、症状緩和等を目的として控訴人を隔離してこれを継続し、注意深い観察のもと治療診断を行った行為は適切であったといえるから、同被控訴人の行為が違法であったとすることはできない。
ウ 控訴人は、被控訴人K1が控訴人にECT療法を実施したことが違法である旨主張する。
(ア) ECT療法は、前頭部に電極を装着してパルス波を通電し、脳内でけいれん発作と同じ変化を生じさせ電気活動を起こすことによって治療効果を得る療法である。病院側の設備と患者側の環境が整えば、外来によるECT療法も行われている。過去に乱用された療法であることから精神科医の間においてもタブー視された時期もあった療法であるが、薬物治療抵抗性の精神疾患が問題とされるなかで、近年再評価されている療法である。
 ECT療法の術前の検査は、血液検査、生化学、感染症、検尿、心電図、胸部X線等であり、施行の前処置としては、 ECT療法施行前6時間は、絶飲食とし、 ECT療法と薬物の相互作用を防ぐため、投与中の薬物について相互作用を起こす可能性があるものの投与を中止するなどの措置をとる。施行は、全身麻酔下で筋弛緩剤を投与し、心電図、呼吸状態、脳波をモニターしながら行われる。治療の回数は、効果の出方等で一様ではないが、一般的には、1週間に2、3回の割合で、6回から10回を治療の1単位とする。
 ECT療法の適応は、うつ病、躁病、緊張型及び妄想型の統合失調症などであり、適応症状は、激しい興奮や衝動性、不穏、被害妄想とされている。 ECT療法に絶対的禁忌はなく、リスクが増加するとされるのは、不安定又は重症の心疾患とされている。
 ECT療法の副作用として、記憶障害が起こる可能性があるが、 ECT療法終了後、数日から数週間で消失するのが通常であり、重篤な副作用や死亡は5万回に1回程度との報告がある。(以上につき甲64、甲66、丙A5)
(イ)前記(ア)及び前記認定事実に基づいて、本件において、控訴人にECT療法を行ったことについて、不法行為が成立するか否かを検討する。
 被控訴人K1は、医療保護入院時において、控訴人との会話、控訴人の表情などから、控訴人を「滅裂」、「興奮」と診断し、さらに、控訴人が「母親が俺の人生を滅茶苦茶にした」、「俺は自作自演されている」、「両親が・・俺をいたぶる」などと叫んだため、控訴人を「被害妄想状態」と診断したことは前記認定のとおりであり、このような控訴人の症状から、被控訴人K1は、控訴人にはECT療法の適応及び適応症状があるとして、 ECT療法を施行したことが認められる。また、前記認定事実のとおり、その回数は、6回を治療の1単位(ワンクール)とし、これを中1日あるいは2日を置いて施行しており、治療回数は、一般的な回数と認めることができる。また、前記認定事実によれば、平成21年2月19日、看護師が、控訴人からのECT療法の副作用についての質問に回答し、被控訴人病院の医師が、 ECT療法は、ワンクール(合計6回がワンクール)が目安で、ワンクール終了後、経過を観て治療方針を説明する旨伝え、これに対して、控訴人がECT療法を拒絶、嫌悪するような様子をみせなかったことが認められる。
 以上によれば、被控訴人K1が、控訴人に対し、 ECT療法を施行したことについて過失はなく、これをもって不法行為とすることはできないというべきである。
 なお、医療保護入院当日である同月13日に施行した1回目のECT療法の施行は、診断から1時間ほどの施行であり、十分な術前の検査及び措置がなされたかについては疑問が残るところであるが、前記認定の入院当日の控訴人の症状からは、治療の緊急性を認めることができ、また、結果的に特別な問題もなく施行され、治療が終了したことが認められるから(丙A2の43頁)、医療保護入院当日にECT療法の施行したことについても、不法行為には当たらないというぺきである。
エ 控訴人は、被控訴人K1が大量の向精神薬を控訴人に飲ませるなどの人権侵害行為等を行ったと主張する。
 しかし、前記認定事実(原判決引用部分)によれば、控訴人に対する投薬については、滅裂、興奮、被害妄想状態の改善のために実施されたものと認めることができる。その他、本件における被控訴人K1の治療行為が人権侵害行為に当たるなどと認めるに足りる証拠はない。

(3)被控訴人らの責任

 以上によれば、控訴人に対する身体的拘束を違法に継続したことについて被控訴人K1は、民法709条に基づき、控訴人に対する損害賠償責任がある。被控訴人K3は、被控訴人病院の法に定められた患者に対する行動制限をする権限を有する管理者として、上記のような違法行為の発生を防止し、発生した違法行為を是正すべき義務があるところ、その注意義務に違反してその履行をせず、そのことに過失があったと認められるから、前同様に、控訴人に対する損害賠償責任がある。したがって、被控訴人法人には、民法715条に基づく使用者責任があることになる。

3 控訴人の侵害

 以上によれば、被控訴人K1が、遅くとも平成21年2月16日から同月23日まで控訴人の身体的拘束したことは。不法行為に該当するところ、控訴人が身体拘束された経緯、態様及び期間その他の状況を総合し、なお、被控訴人らにおいては、控訴人の訴えに応じて、拘束を一部解除したり、緩めるなど一定の配慮をしていることなども考慮することし、本件における一切の事情を斟酌すると、控訴人の被った苦痛に対する慰謝料としては、80万円とするのが相当である。

第4 結論

 以上によれば、その余の点について判断することを要せず、控訴人の被控訴人らに対する請求は、慰謝料80万円の損害賠償とこれに対する遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。よって、控訴人の請求を全部棄却した原判決をそのように変更することとして、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第24民事部

裁判長裁判官 三輪和雄
裁判官 内藤正之
裁判官 斉藤紀子



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