ケーススタディ


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私の信条

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新しい飼い主を見つけて出て行ったが、時々遊びに来るハナコ。


1 人も他の生命も相互に依存し、共に立ち上がって生きている。

2 つながり(人間でも自然でも)を失うと病気が発症し、つながりを取り戻すと回復する。

3 つながり(関係性)はお互いが作って行くものである。第三者が決めるものではない。

4 良い友人はいたほうがいいが、いなくても生きられる。
悪い友人とつながるよりも2500年前ブッダが言ったように森の中の象のように一人で歩めばよい。

人が問題を抱え精神科の門を叩くと、原因や本人の生育史に関係なく、症状だけで大抵は薬を処方される。

 しかし、薬で治るのではなく薬という杖を使いながら、本人と周囲が関係を発達させ、本人と周囲の自己治癒力で治っていく。

 私の尊敬する小林秀雄先生は、上秦野病院で薬を処方する時には祈りを載せて出すと言われた。

 先生の処方は驚くほど少なくしかも診察の度により少なくシンプルな方向で処方が工夫されていた。

 すなわち、薬物療法には精神療法が必須である。
(「精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の科学と虚構」 エリオット S. ヴァレンスタイン 2008年 みすず書房 第八章 繰り返し、結論、考察)

 精神療法の大切さを私の体験で語ってみよう。
Sさんは初診時苦悶感の強いうつ状態の中年女性、職場の心労で発病した経過あり。
現在は治癒し職場復帰している。
久しぶりにたまたま駅で出会い「三吉先生!」と声をかけられ藤沢駅まで一駅を同行した。
元気な様子で大変喜ばれて話された。
「Sさん特効薬がありますよ、と言われた先生の言葉が特効薬でした!」

 なるほどそうだったんだ。
 薬に上乗せした私の言葉が薬以上の特効薬であったとのこと。
 嬉しい指摘であった。


「すべての医師は薬である。
診察時の医師の行動は、
副作用を起こしうる
効果を持続させることができる
中毒をきたしうる
適応となりうる
禁忌となりうる
過量に与えられることがある
不足量になることがある
適切な間隔で与えられることがある
不適切な間隔で与えられることがある
そしてなによりも
プラセーボ効果をもたらすことができる。
医師であることの薬理作用を学びなさい。

ドクターズルール425 医師の心得集 福井次矢訳 南江堂 1997年第7刷 82ページ


 抗うつ薬が効くには条件がある。
 休息と栄養が十分に取れる安全な環境が必須である。
 その場所を確認したうえで必要なら病休の診断書を出す。

 家庭にDVの夫や家庭内暴力真っ盛りの子供がいるなら入院先を探さねばならない。
 幸いにSさんには休める安全な家庭があった。
 後は適切な薬物療法があればよい。
 私の言葉が薬物の効果を倍加させたのであろう。
 すなわち、安全な休息と栄養の他に本人を元気づけ希望を持たせる人が必要なのである。

 三吉クリニック(医師+ケースワーカー+受付)におけるうつ病の治療状況を述べる。

1 休息と栄養の環境調整を主として薬を補助的に使って治癒(30%):
この場合は治療終了できる。

2 環境調整+原則的薬物療法で治癒ないし軽快(30%):
この場合は一部再発防止についての薬物療法を続けることが必要となる。
(三吉クリニック+クリニック外の治療協力必要)

3 デイケアやクリニック外のカウンセリングや集団認知行動療法等の組み合わせが必要(30%):
これはいろいろな人がいろいろ手を尽くして本人、家族も努力して初めて立ち直る。
手間暇がかかるが、やりがいのあるタイプである。 (医療以外につながらないとダメ)

4 治療困難例(10%):医療だけでは歯が立たない人達。どんな薬もどんな治療も無効な人達。
こういった人でもヨガや山登りの良い指導者と出会って本人が続け立ち直ったり、車やバイクで新しい世界を開いたり、ヘルパーとなって、助けられる立場より助ける立場に変わって蘇ったり、医療の限界と人間の様々な可能性を考えさせてくれる人達である。

 以上1.2.3.4.をみて自殺さえしなければ9割以上の人達はなんとかなる。

 さてSさんは2に入り治癒した例である。
 ただし、今はやりのパソコン医者では治らなかった可能性が高いと思う。
 顔もろくに見ず、話もろくに聞かなくてパソコンばかり打っていて、Sさんに一番必要だったことがわかるだろうか?

 職場の過労、人間関係で発病したSさんは良くなれば職場復帰できるという保証があって、安全に仕事を休むことが何よりの薬なのである。

 仕事を続けたままでは、薬を出しても悪化するばかりで、外来治療に耐えられず脱落する可能性が高く、さらに絶望して自殺の可能性が出てくる。

 うつ病では取り返せないことがあり得るのである。

 なお精神薬理学では抗うつ薬が効果を発揮するのはうつ状態で増加した神経受容体が再度減った(ダウンレギュレーション)時期でこれには数週間かかると言われている。

 最近うつ病が未治療のままで転院してくる患者さんが増えている。

 なんでこんなに出すのだというぐらいに薬がテンコ盛りになっている人がいる。
 うつ病治療の基本と薬物療法の基本に無知で薬を沢山出すと治ると妄想したセイシンカイが、Aが効かなければA+B、それでもダメならA+B+Cと次々に増やしていく。
 A+B+C+D+E+F+G+H+I+Jとなって一体何が効いて何が効かないのか医者も患者もわからなくなった。
 すなわち医者も患者も藪の中に入ってしまって出口も入口もわからなくなる。
 これを藪(医者)と言う。

 Aが効かなくて急にAを止めてBに切り替えるとAの廃薬による禁断症状が出やすい。
 このため正しい薬の使い方はAを漸減して中止し、一方でBを漸増して有効量までもって行くのである。
 同じ方法でC、Dと試し、合う薬を見つけていく。

 不幸にも多剤薬漬けにされた場合、ではどうするのか。
 多剤薬漬けにされた人を元に戻すにはひと月1錠ぐらいのペースで有効無効を確かめながらゆっくり薬を整理し、シンプルにしていく。
 救いは薬を減らす度にすっきりして日常生活も回復する姿を見られることである。

 セイシンカイによる薬害の実態については、「精神科医 隠された真実」 斎尾武郎 2011年 東洋経済新報社がある。
 良書である。一読をお勧めする。

 粘り強く減薬に取り込めば必ず成功する時が来る。
 なぜ治らないのか、どうしたら治るか。
 治るのに必要なのは安全な場所と世話をする人である。
 ただし、人間はいろんな可能性を持っている。

 治るのになくてはならないつながる先はなんでもあり得るようだ。
 外にはなくとも自分の内的イメージにつながって育みながら自らを育てていった人はいる。

 そのためには、治る力を阻害する内的外的因子と、治る力を育む内的外的因子を協力しながら見つけてつなげていき、そのための時間をかけた努力をしなければならない。
 そして足取りが安定するまで月日と行が必要である。行とは、日常生活。すなわち、掃除洗濯食事作り等の家事参加が基本である。

 民間治療場として明治以来宮城県定義温泉は精神障害者を受け入れて高い治療実績をあげた。
 「10年も病院に居るとね、もうズタズタになってくるんですわ、それが、2,3週間でビターッと良くなるんです」 
(「治療の場所と精神医療史」 橋本明 2010年 日本評論社 76ページ;五代目 石垣幸一氏)
 ここには治す場としての温泉と従業員との交流、温泉や自然との交流、付き添いの家族とのつながりがある。

 私のクリニックには関東一円から患者さんが殺到した時期がある。
 今年70歳になる私は初診の患者さんは近隣地域に限ることにした。
 遠くから相談に来た方でも、地元の精神科医になんとかつながった場合はその後音沙汰なく便りないのは良い便り。

 しかし私のクリニックに幻想を持ってきた人の経過は必ずしも良くない。
 なぜなのか?
 立ち直るには物凄いエネルギーがいる。
そして、周囲の協力もいる。
 名医と期待して一発逆転のホームランを狙ったらまず三振してもっと悪化する。

 なぜ病気になったか、なぜ治らないか、どうしたら治るか?
 愛着障害、発達障害の有無を含めて、初めから検討し直し再度1歩を踏み出さなくてはならない。

 家族会の役割は大きいと思う。
 ヘルパーの活用等、既成システムもなくてはならない。
 当事者自らが家族と時には格闘しながら主体となるしか立ち直る道はなく、その援助にスタッフ、医師側が徹して成功した事例が出てきている。

 原理的には可能と思う。
 ただし制度的な保障は非常に乏しく、現在日本の精神医療の現場は1970年代より変質し後退していると私は思う。
 この責任は第一に、現場の苦労も患者、家族の思いも通じない国の役人と政治家、専門家にある。

 神奈川県、北海道のみならず保険収入では赤字になるため全国の公立総合病院の精神科は次々と閉鎖に追い込まれていることを再度問う。
 皆様はご存知であったかと。
 通院に便利で身体科にも気軽に受診できる町中の公立総合病院の精神科は無くなり、郊外の不便な単科精神科病院のみ延命させ続けているのが今の日本の現状である。

 精神疾患は5大疾病と国は言っても精神科外来収入は保険改定の度に切り下げられ、その下げ率は通院カウンセリング料を見ても390点から330点と13%におよび、ここでも精神科は3分の1でよいという精神科特例の法の精神が貫かれているのである。

 大部分の国費は精神科病院向けである。

(事実)
 2004年度精神科医療費1兆8281億円の内訳は入院1兆3699億円、外来4582億円、福祉施設331億円、在宅福祉費用58億円
 2006年度精神科病院平均在院日数320日、入院患者33万人、人口1万人に対して精神科病床数は28(イタリアはその10分の1)

データは下記大熊一夫氏の著作による。

参考文献(1)

(戦前)
 「精神病の日本近代 憑く心身から病む心身へ (越境する近代)」 兵頭晶子 2008年 青弓社

「幻視する近代空間」 川村邦光 1997年 青弓社

(戦後)
 「精神科病院を捨てたイタリア 捨てない日本」 大熊一夫 2009年 岩波書店

(北海道公立病院精神科廃止の状況)
「精神医療過疎の町から 最北のクリニックでみた人・町・医療」 阿部惠一郎 2012年 みすず書房

「治療の場所と精神医療史」 橋本明 2010年 日本評論社
 薬害が頻発し、薬の副作用か病気のせいなのかわからなくなった人達が増えている。
 薬物により元の症状がさらに悪化させられている。

 多剤大量薬物療法を長期間受けて脳のドパミンが慢性的に欠乏して、何事にも興味なく喜びが感じられなくなり終日ボーとして過ごし、かつ薬物性パーキンソン病となって体の動きはガチガチ手が震え、顔は能面状となり白目を出し、ヨダレ垂らし難治性の遅発性ジスキネジアとなって口はモグモグ舌を出したりその他全身に無数の副作用発現、男女を問わず高プロラクチン血症となって病的骨折を起こしやすくなり、女性は無月経となり若い女性でもうんと早く来た更年期障害に苦しむことになる。

 さらにもっと恐ろしいことに、神経受容体が増加(アップレギュレーション)して器質脳精神病状態となり、入院や在宅では避けられない些細な刺激や薬物の増減に反応して興奮状態となり、さらに多剤大量薬物療法、電気ショック療法を受け薬物性電気ショック療法後遺症の認知症となり、家族の元に戻ることも終生かなわず、精神科病院で死ぬまで過ごす「棺箱退院」となるのであった。

 棺箱退院とは生きては退院できず死んで初めて退院できるという日本独自の患者間の隠語である。

 よい処方する精神科医(セイシンカイ)は少数となり、悪徳処方を続ける精神壊(セイシンカイ)が多数を占めてきたのが今の日本の現状である。
 戦後の日本は世界最大の向精神薬使用国であり、33万人という世界最大の精神科病院収容者を持ち続けている国なのである。

 呉秀三は戦前私宅監置を調査公表し、日本に生まれたる不幸と言った。
 それは現代も変わらない。
 しかし、彼が言ったように、この病気そのものは不幸とは言えない。
 つながりを回復し、再生する天が与えたチャンスなのである。
 周りが反省し、再度本人とつながりを持つチャンスなのである。

 アメリカは桁外れに高いが金さえ出せれば至れり尽くせりの精神科治療施設がある。
 イギリスやヨーロッパは国が日本の10倍の金を出して、保険でアメリカ並の治療が受けられる。
 韓国もトラウマに有効なEMDRが保険で受けられる。その額も1時間、1万5千円というリーズナブルなものである。

 日本は2011年認知行動療法を保険で認めたが、その額は30分間で4200円で医師にしか施行を認めないというフザけたものである。
 かくして施行不能となり自費で多くは集団認知行動療法として心理士が民間で行なっている。

 日本は心臓病や脳腫瘍や癌には世界トップの治療が受けられる。
 しかし精神科だけはいくら金を出しても国内に信頼できる治療施設がないと言えるくらいに乏しく貧しい。
 日本赤十字社 旭川赤十字病院精神科のように地域生活に密着した精神科を潰し続けている。
 赤字になると言うが赤字にしているのは精神科病院にしか金を出さない国家意志である。

参考文献(2)

「精神科セカンドオピニオン 正しい診断と処方を求めて」 誤診・誤処方を受けた患者と家族たち 笠陽一郎 2008年 シーニュ

「精神科セカンドオピニオン 2 発達障害への気づきが診断と治療を変える」 適正診断・治療を追求する有志たち 2010年 シーニュ

「巫女の民俗学 女の力の近代」 川村邦光 2006年 青弓社

  「憑依の視座 巫女の民俗学 2」 川村邦光 1997年 青弓社

「仏教語大辞典 縮刷版」 中村元 1981年 東京書籍














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