ケーススタディ


ケーススタディ




津久井やまゆり園事件


索引





果たして植松容疑者は精神障害者なのか


(1) 事実経過

 植松容疑者は、2016年2月14日と15日に、障害者470人を殺害することができる、などとする手紙を衆議院議長公邸に持参し、警視庁がこの情報を神奈川県警に伝えた。

 一方、津久井やまゆり園では、同月18日、園長が植松容疑者と面談し、殺害の意思を確認、同月19日、植松容疑者は同園を退職し、同園が神奈川県警に通報した。

 同日中に、神奈川県警が相模原市に連絡し、同市が精神保健福祉法に基づき、植松容疑者を北里大学東病院に緊急措置入院させた。

 同月22日、北里大学東病院の精神保健指定医が植松容疑者を診察、「大麻精神病」、「妄想性障害」として同病院の入院を継続したが、同年3月2日、症状が軽減されたとして退院させた。

 事件後7月28日、安倍晋三首相は塩崎恭久厚生労働大臣らに対し、措置入院後の対応などについて見直しを指示し、これを受け、厚生労働省は調査チームを設置し、北里大学東病院への立ち入り調査を行うこととなった。


(2) 大麻(カンナビス)は通称マリファナとして知られる。2012年には世界中で1900万人の若者が使用しており、アメリカ合衆国においては、コーヒー、アルコール、タバコに次いで、4番目に使用頻度が高い精神活性薬物である。大麻に精神依存性はあるが、身体依存性の根拠は明確ではない。大脳に覚せい剤、麻薬、アルコールのような非可逆的恒久的変化をきたす証拠はない。服用時に一過性の多幸性気分、妄想性思考を示すことがあるも、薬物作用時の一過性症状であり、植松容疑者のようにヒトラーそっくりの信念が継続し、それによって計画的犯行をすることはあり得ない。
(参考文献:カプラン臨床精神医学テキストDSM-5診断基準の臨床への展開 第3版
20.4 大麻(カンナビス)関連障害 723-727頁 メディカルサイエンスインターナショナル 2016年)


(3) 妄想性障害は、統合失調症スペクトラム障害の一部であると考えられており、高齢者に多く発症する。機能障害が少なく、被害妄想、嫉妬妄想、誇大妄想、身体妄想等の症状を中心とする。妄想の内容は、個人の文化的、宗教的背景によってさまざまである。

 反社会集団、ないしは反社会人物が大多数の人々に受け入れ難い犯罪行動をとることがある。

 オウム真理教の信者達は妄想性障害であろうか。

 違う。犯罪者集団である。

 かつてソビエト連邦では、共産主義に反対する考えを持つものを、考えを持っただけで、「妄想型」統合失調症として、精神科病院に強制入院させ、大量の薬物投与を行った。

 反体制派は妄想性障害であろうか。違う。

 では、反体制の考えを持っていた人達を、「妄想型」統合性失調症として、精神障害者にしたソビエト連邦の精神科医は妄想性障害であろうか。

 それも違う。

 これは国家による犯罪である。

 国家が反体制派を精神障害者として弾圧を行ったのである。

 ヒトラーとそっくりな考えを持ち、19人の障害者を殺害した植松容疑者は、憎悪犯罪を行った犯罪者ではあるが、精神障害者ではない。


(4) 私は大麻が関係した精神障害者を診察しかことがある。父がアメリカ人、母が日本人の20代の青年で、アメリカで尖鋭的な楽団の一員で、楽団員全員がマリファナを常用し、楽団員にとってマリファナはインスピレーションを得る薬物として使用されていた。ただし、その青年は、幻聴、幻覚と不眠、自我障害(自分の考えが周囲に伝わる一思考伝播)の症状で苦しんでおり、楽団の活動も、アルバイトを含めた日常生活も困難であり、アメリカにいてはマリファナがやめられず。治療ができないとして日本にやってきて、お定まりの多種大量薬物漬けとなり、私のところに来たのである。よく聞いてみると、上記統合失調症の症状は楽団に入ってマリファナを始める前から始まっており、マリファナは彼の病苦を鎮める貼り薬であったのである。

 彼の病名はマリファナ依存と統合失調症であるが、植松容疑者は妄想性障害と指定医が診断したのであるが、妄想性障害は統合失調症スペクトラム疾患であり、統合失調症ほどの機能障害はないとされるも、精神障害である以上、生活障害を持っているのであり、植松容疑者のような犯罪の計画性・実行性は持ちえない。

 植松容疑者の犯罪は、別の視点で見なくてはならない。


(5)

 神奈川県では、ホームレス襲撃事件が頻発している。

 湘南海岸は防砂林としての松林が海岸に面して何キロにわたって植えられ、素敵な景観を作っている。

 そこで社会での行き場を失ったホームレスの人達が生活しているが、行政はどこも支援していない。

 唯一少数の支援者がいるのみである。

 そこは、まとまって住まないと危険な地域であり、中学校、高等学校で阻害された中学生、高校生が集団で襲ってくる。

 私のクリニックの通院者も、そこで生活していたが、大きな石を投げつけられ、殺されそうになり、必死で脱出してきた、と語っていた。

 植松容疑者と湘南の防砂林の襲撃者達との違いは、ヒトラーの障害者組織的殺害の思想を持っていないだけで、社会で孤立した弱者、障害者を攻撃することは変わっていない。

 彼らは憎悪犯罪者である。


(6)

 家族の中にも、障害者が人間として生きる歓びを奪うものがいる。

 私のクリニックの通院者に、音楽好きの青年がいる。

 激しい精神病症状を経て回復し、現在は薬物服用を続けながら、平和な生活をしている。

 彼は生産活動には参加していないが、障害年金を受給しての慎ましい生活の中で、唯一の楽しみは年に2回の演奏会に行くことであった。

 ところがある日、彼の兄に「お前は演奏会に行く資格がない」と言われ、「自分は働いていないから、そうだと思う。」と落ち込んでいた。

 私はそんなことはないと、説得したが、彼はその後演奏会に行っていない。

 障害者に共感を持つ人もいれば、憎悪を持つ者もいる。

 この憎悪をナチス思想で正当化したのが植松容疑者である。


(7) 歴史上、植松容疑者のような憎悪犯罪者が大量に存在した時代がある。

 例として、ナチスドイツを見てみる。T4計画として知られた精神障害者殺戮作戦がある。1940年から1941年5月までの間に、いわゆる安楽死計画(T4計画)の名の下に設けられた6ケ所の精神科病院のガス室で殺害された犠牲者の正確な数は、70273名に上る。」(小俣利一郎、「ナチスもうー一つの大罪Jp3前書き、1995,人文書院」

最大の問題は、

①障害者の殺戮は、1939年から1945年まで、ナチスの命令でなく行われていた。

②対象者は、精神障害者、知的障害者、身体障害者、障害児、視力障害者、聴力障害者、老人ホーム・福祉ホーム入居者から、夜尿症患者、重症の傷病兵、病弱な避難民、結核患者、労働忌避者等、ありとあらゆる[働けない]人達であった。総数20~60万人と推定されている。

③実行者は、医師を初めとして、「働ける」一般市民で、法のチェックを受けず、殺戮を行った。

④殺戮の方法はガス(一酸化炭素)、麻薬や睡眠薬注射、餓死、殴殺等であった。

 T4計画というヒトラーの命令以前より始まっており、T4計画中止後のナチス敗戦まで、続けられていたのである。戦時下で無数の植松が発生し、憎悪犯罪をくりかえしていたと考えられる。
                `
 このような憎悪犯罪は、大正時代の関東大震災の朝鮮人虐殺のように日本にも見られ、第2次大戦中の日本で東京都立松沢病院の入院者が4割も餓死したのは、国民のだれもが餓死していないのであるから、「働けない」、「お国の役に立てない」精神障害者への憎悪犯罪が、松沢病院幹部の手によってなされたとも考えられる。精神障害者は上野動物園の象のような扱いをされたのである。


(8) 結論

 措置入院制度は、指定医師2名の診察で、裁判を経ず、自傷他害のおそれあり」として、精神障害者(でない者も含まれうる)を、精神病院に予防拘禁させる、先進工業国では日本にしかない制度である。

 今ようやく、作業所やデイケア、グループホームが、資金難が続く中でも、次々に作られ、障害者雇用も現実的には困難ながらも、始まっている。

 施設や病院ではなく、町で生きる障害者に対し、ヘルパーや訪問看護が目覚ましい実績を作ってきている。

 このような流れの中でこそ、世界トップの精神科病床数、336282床は減らしていけるのである。

 今の日本において必要なことは、措置入院の存続・強化ではない。安易な強制入院を行い、精神障害のある者の偏見と差別、分断を健常者との間に作りだしている措置入院制度の廃止である。措置入院を強化しても、憎悪犯罪者には無効であるどころか、根拠のない精神障害者にでっちあげることにより、植松容疑者のように容易に網をくぐらせ、憎悪犯罪を促進させてしまう。国は、障害のある者も未だない者も共に生きることの大切さを呼びかけ、弱い立場の者、障害を持っている者に対する加害者の行動は一切許さないという方針を出すべきである。

 家庭においても、学校・職場においても、一切のいじめ、加害行為はなくすという決意表明を行い、そのための実行行為に入るべきである。このように、日本中のあらゆるところで、差別・いじめ行為をなくす方向に動く中で、疎外された者が憎悪犯罪に至らないようにさせることこそ、根本的な解決の方向である。


参考文献


「ヒトラーが降りてきた」発言、キナ臭い時代の到来
国原正幸
サンデー毎日 2016年8月14日・21日号
21頁



厚生労働省
平成27年(2015)医療施設(動態)調査・病院報告の概況
結果の概要
I 医療施設調査













ケーススタディ